早崎日出太 池波正太郎を歩く  パイプのけむり 團伊玖磨全仕事
 池波正太郎全仕事 團伊玖磨全仕事 團著作目次  修正:2013/09/08 (日) 11:20:55
第2回 池波が辿った道を歩く「谷中から上野」2011.09.05(月曜日)快晴
 佐藤隆介全仕事西尾忠久全仕事
 小説エッセイ・戯曲・対談等剣客商売剣客商売CD文庫
 鬼平犯科帳鬼平犯科帳全項目タイトル【あいうえお順】 鬼平料理帳鬼平犯科帳CD文庫「鬼平犯科帳」お愉しみ読本
 仕掛人 藤枝梅安梅安料理ごのみ/  光文社版「鬼平を歩く」   
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寺の詳細データは「猫のあしあと」及びWikipedia
池波正太郎がたどった江戸を歩く第1回‐浅草・池波正太郎記念文庫第2回谷中から上野へ第3回亀戸天神社根津神社
 隅田川に架かる橋浅草名所七福神隅田川深川日本橋谷中下谷浅草寺(Wikipedia)谷中の寺旧蹟・記念館等
           谷中/浅草名所・/隅田川下谷下町八福神小石川深川亀戸/柴又/(以上七福神、下町除く)
JR日暮里駅本行寺教王寺延命院夕やけだんだん>谷中銀座商店街→よみせ商店街→上野動物園不忍池不忍弁天堂→上野恩賜公園上野駅
 この一角も戦争の犠牲になったものの、一部が被災、大半残っていたため早く復興したと、商店主が話していた。
 日曜・祭日には商店街は人の波で混雑する。ウィークディそれも休日の次の日のゆえかシャッターの閉まった店が多い。
 この界わいには、寺が多い、池波正太郎鬼平犯科帳・谷中いろは坂」に「谷中という地名は、もともと駒ごめと上野の谷間(たにあい)にあるところから生まれたものだし、徳川将軍家の菩提所であり、天台宗の関東総本山でもある東叡山寛永寺をひかえた上野の山には無数の寺院があつまり、市中のにぎわいをはなれた別天地だ。」と、この地のことを著している。
 寺院が多い街には墓が多い。墓地が山手線右側面には電車から見える何段もの階段状の地に様々な形態の石柱が建っている。墓の形から種々の宗派のものがあるようだ。勿論、江戸の古い歴史の著名なな人々もここに葬られている。ピアノニストと会うために寺や各種の商店をめぐりながら、この商店街と「よみせ通り」の交叉するT字路に向う。
 途中、気がついたのだが、お店の二階部分に白黒の繊細な絵が展示されているのに気がついた。あとで小野陶苑のオーナーに聞いたところ、同級生の切り絵師「石田良介」の作品だということだ。
 街に居住する素晴らしい作品が街の品格を上げる。物をうらんかなのべたべたと乱脈に貼られた価格や宣伝を見るとその街の時代の古さを感じてしまう。
 このような時代だから、街並みも変貌をとげるだろう。出発点にもどり、著名な「魚て津」で新鮮な魚介類を用いた「ちらし寿司」に堪能する。
 ピアニストの友人であるという若夫婦の経営する古書店「信天翁(あほうどり)」に立ち寄った。途中、グラフィックデザイナーと合流し、喫茶店「千駄木倶楽部」で歓談し、別れて、不忍通りを南下し左手に「動物園西園西口」を左に見て不忍池、不忍弁天堂(谷中七福神)、清水観音堂(小形清水寺)の舞台に立って)不忍池を見おろし上野公園内を散策してから京浜東北線で帰った。(早崎日出太)
◆日暮里駅西口を左に曲るとすぐ御殿坂 ◆長久山本行寺山門 本堂 ◆「陽炎(かげろう)の道灌どのの物見塚一茶
◆日蓮宗大黒山経王寺 ◆経王寺本堂 広い園内、昔は大黒天が祭ってある 経王寺の寺暦明暦元年(1655)建立とある
◆寳珠山延命院 ◆だんだん坂はゆうやけが美しいという、江戸時代には美しい富士山が見えただろう ◆顕本法筆宗圓妙山本授寺
◆多満留のご主人と戦中、戦後の谷中を ◆武蔵屋豆腐店の店頭に表情豊かな猫が ◆コーヒーショップ満満堂和風の佇まいがいい ◆喫茶店・和栗屋・?
落語と和小物「多満留」、志ん生一門の名前や写真が飾られていたので帳場にいらっしゃったご主人と子供の頃、知人の墓参に来た昭和初期のことと、落語家志ん生の芸の話しで一時を過した。
◆はつねや・教王寺 ◆着物まるふじ呉服店三崎坂/三浦崎 ◆墓地に猫を放置する人が多く猫が多い ◆魚亀
◆武蔵屋豆腐店・富士見坂/妙法寺  ◆肉のすずき・宗林寺 ◆越後屋本店・●/天王寺(毘沙門天)
◆もんじゃ「よし川」・淨明院 坂戸商店・王林寺 ◆ブテック「あん」・御殿坂/天王寺(元上野米) ◆福島商店・寛永寺
◆小野陶苑入口に七福神ののれん ◆今日は、警官も手持ちぶさた 芸大の学生の作品、中々リアルな猫 ◆まねき猫のノボリが客を招く
◆小野陶苑の主はここにも爆弾が落ちたという グラフィックデザイナーはエキゾチック ◆魚て津の「チラシすし」は最高でした ◆ピアニストは、おばさんに杖を購入
弁天堂裏側 名残りの蓮花一輪 弁天堂正面 ◆ふぐ塚
清水観音堂全景(1681寛永8年) 清水観音堂本堂 ◆清水観音堂